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iki0233|ジムの効用はあるか

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昨日もジムの話をちょっと書いた。

「筋トレと言ったら、ジムに行かなきゃならないのか?」というのは、ひねくれものマインドを持つ人間にとっては、当たり前の反応の一つ。
「英語勉強しなきゃ」と言って、とりあえずスクールに申し込む人を見たときと同じくらい、自然に反応してしまう。

だから、というのも、入会してみた要因としてはある。一度体験してみよう、という。

でも、結局のところこのジム通い直接の引き金は、子供が始めたスイミングの待ち時間に、送迎した私が手持ち無沙汰になってしまうことだった。
(さらに言うと、『逆 “ファミリー割引”』的なものが用意されていて、私の月額は、普通のコースの4分の1程度、子供のコースより安いのだった。コーチ不要なら)

これらの要素がなかったら、最後の最後、踏み切ることはなかったろうと思う。
子育て中で自由になる時間があるわけでもないし、「あと5年は先でいいかな」というくらいの感覚に落ち着いたと思う。

そう考えると、人生は色々と、やっぱり縁の要素があるのだよな。

専属インストラクターなしでもジムの価値はあるか


前置きが長くなった。
ジムの筋トレマシンの価値について。

シンプルなところで、反復10回できっちり限界になるウェイトを調整できるのは利点だし、回数そのままで、ウェイトを上げていく調整も当然しやすい。
だから、筋肉量アップを目指す人にとっては、やっぱり使いやすい。特に、筋肉が極度に付きにくい私のような体質の人間が、必死に目指す場合には。

もう一つ、「自重じゃない、外的な荷重」でトレーニングをしていると、『筋肉が恐怖を訴えてくる』瞬間が生まれやすい。

ズシッと負荷を感じて、「なに、突然この負荷?! なんとかしなければ、俺死んじゃうんじゃね? がんばれ、俺の自我! 必死になれ! 今はこれに!」という警報が、本能から上がってくる。

崖に突き飛ばされるような、生体的危機感。

これが、トレーニングの限界付近で、気持ちが「弱気に流れる」のを防いでくれるし、動作中に頭に雑念が入りにくくもしてくれる。

理性で限界を判断しなくてよい。
これも結構メリットでした。

後書き


と、いいつつも、これを書いている段階で、筋肉が停滞中でもある。
1ヶ月くらい前からであろうか?

その意味で、これを書きながら、「また気合いを入れなおさないとな」と思う自分がいるのだ。


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