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いっきの「生き方」探求ブログ。ライフハックメモ、カイゼン日記。そして初心なんかの恥ずかしいメッセージ。さあ、人生を再発見しよう。

iki0161|トップダウン型思考とボトムアップ型思考について

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〜またの名を、『私は何者か』〜。

トップダウン型思考とボトムアップ型思考、という切り口をもらってから、最近そのことばかりを考えています。
同じことを考えすぎて、苦しくなってきたら、その1番コアな部分を、なるべく他の人にも価値のありそうな形で切り出して、形にする。
思考の成仏。

おはようございます。
いっき(@ikkiTime)です。

少し前に『iki0157|夢想「逆アウトライナー」―箇条書き、入れ子、ツリー構造の機械認識― 』を書いてから、アウトライナースキーのみなさんに導かれるように、それまで以上にアウトライナー関係のブログを読む機会が増えました。

そんな中で、いくつか個人的に衝撃的だったことなどをまとめていきます。

目次

ことのおこり


ことのきっかけは、次の2人の記事を読んだことでした。

断片を結びつけるものとしてのアウトライナーとの出会い


一つ目の衝撃は、この記事。

何か書くことを思い付く。それは文章の中のひとつのフレーズかもしれない。パラグラフの要約かもしれない。キーとなるメッセージかもしれない。見出しの案かもしれない。構成案かもしれない。今書いてる文章とはまったく関係ないアイデアかもしれない。

やがてトピック同士の固まりが自然に成長を始める。自立性・有機性を帯びてくる。これはひとまとまりの文章なのだという感覚が生まれる。

そうしたら仮でいいのでタイトルをつけて、塊全体をその下にくくる。内容を仕分けし、見出しで分類し、最適な流れに並べ替える。それは時と場合によって、ロジカルな順番だったり気持ちいい順番だった意外な順番だったり敢えてランダムだったりするけれど、

引用元:《アウトライナーを使うとファイルの概念が消えていく [アウトライナー] [編集]》Word Piece >>by Tak. | So-netブログ

もし、今回のエントリを読む前に、前述の過去記事(iki0157)を読んでくれている人がいるなら、私がアウトライナーを「中心概念を一気に分解していくなか、その軌跡を残していく」イメージでとらえていたことを、思い出せるかもしれない。

でも、そうではなくて、アウトライナーを「浮かんできたイメージの断片同士の関係性を探り、まとめあげていくツール」として使って人たちが世の中にはいるのだな、と思ったわけです。

ただ、この段階では「ツールの使い方の違い」ということとしてだけ考えていたので、GTD的な「『気になることの書き出し先』としてアウトライナーを使ってみようかな」と考えただけでした。

次の決定的な(私にとって)インパクトとなったのが、次のるうさん(@ruu_embo)の記事。

トップダウン型とボトムアップ型という切り口との出会い

2ペインアウトライナーを愛用する人はトップダウン型、1ペインの人はボトムアップ型の思考に近い感じがする。

彩郎さんの、「項目番号はアウトライナーになる」という発言は、どちらかというとボトムアップ型の自分には衝撃でした

引用元:杭を打てば垣根ができる[Thought][思考のOS] | るうマニアSIDE-B

私が「Windowsの“エクスプローラ”で、2ペインのうちの1ペインにツリー図が表示されていることにシビれた」エピソードもiki0157には書いた。

だから、これを読んで当然のように、私は私を「じゃあまあ、私はどちらかと言えばトップダウン型かな」と思ったわけです。

もともとは、この「トップダウンとボトムアップ」というフレーズは、「演繹と帰納」と言うように、思考ツールの方向性に関する言葉としてだったと思う。両方が 1人の人間の中に当然ある。

ただ、「利き手」と言うものが人にあるように、どちらかが1人の中では優先になり得る場合もあるのだと思う。その発想はしっくりくる。

トップダウン型思考が優位の人の、知的活動を生産的に整える方法は?


さて、私が “トップダウン型” と分かったとして、次にどうしたらいいだろう?

確かに、「頭のなかのモヤモヤを払うツール」や「イメージの断片をつなぎ合わせるツール」への希求度合いは低くなるかもしれない。
しかしそれで立ち止まってしまうというのもすっきりしない気分になる。

トップダウン型にはトップダウン型の、「それと意識しない生きづらさ」のようなものがあるはずだ。
それを補うツールなり方法論のようなものを、これからは探していきたい。

そう、Tak.さん(@takwordpiece)が「《アウトライナーとEvernote、記憶と思考、体系と破壊》Word Piece >>by Tak. | So-netブログ」の中で語られるようなツールとその使い方に、私も出会わなければ!
そんなことを思った。

トップダウン型の考え方をする人の弱みってなんだろう?


ツールというのはおそらく欠点を補うために使ったときに、最大の効力を発揮する、と思う。
その時きっと、道具と使用者は相い補う形になる。

では、トップダウン型思考の人の欠点とは何だろうか……、と考え出したら、頭の中グルグル。盛り上がる盛り上がる。

以下に6つほど、書き出してみよう。
(最後にまとめます)

1. 気分転換がヘタ、モードになかなか入れない


課題集中に、入れる or NOT。
仕事なんかで、トラブルか何かが発生して、トラブルシュート状態に入るの、意外と好きである。
最優先課題がはっきりするから。

小さな心配ごとがあるときに、長期課題を取り組もうとすると、集中ゼロ。
次のテーマに意識のフォーカスを移しそこねると、いつまでも何もできない。

子供をあやしながら原稿を書く、というようなことができない(子供がキーボードを触ろうとするから、というのではなく、性格的に。)

2. 問題に意識がとらわれる時間が長くて悲観的


人生や共同体に問題やタスクがある間は、体調が良くても、朝日がきれいでも、昼食がおいしくても、同僚がおみやげをさしいれてくれても、それらが目に入らない。

子供の監督責任が自分にあるとなったら、レジャーしていても、任務モード100%で、まったく楽しくない。

事前に「今日はあの本を買いに行く」と決めていたら、雨が降ろうが槍が降ろうが心頭滅却。

逆に、一度めちゃくちゃ腹が痛くなれば「こんな人生、もういらねえ」って思う。

3. 会社外で人間関係を作るのがヘタ


会社、というか組織でのコミュニケーションって、楽なんですよね。そこは「対立している同士が、“創造的に妥協し合う”ってことができる」というだけじゃなくて、「自分がこの場で期待される役割」「評価基準」「交換し合わなければならない情報」というのが必然的に定まるから。

しかし、そこを出ると、必然的に定まる「話されなければならない話題」というものはなくなる。そうなると、誰に何を話したら合格なのか分からないから、自分からしゃべる内容も聞きたい内容も思い浮かばない。

考えてみれば、「ある役割を背負ってこの世に生まれてきた人間」なんているわけないのだけど。

4. 健康管理に疎い、整理が嫌い


五感を心頭滅却できる。
いつもプロジェクトorientedで行動する。
いつでも何かを目指していて継ぎ目がない。

そうすると何かを達成感を味わったり、何かが整った時スッキリして気持ちがいい、ということをあまり味わわない。

すると当たり前だけどそういうことをする習慣が身につかない。

5. いつの間にか自分が分からなくなる


何をするにも必ず本気になる。
やる時はこれこそ私のライフワークだと思って行動する。

そうすると中心となる自分がだんだんと変わってきてもそれに気がつかないし、長期間にわたって一つのプロジェクトばかりを遂行していると、気がつかないうちに限界を超えて、時間のバランスが悪くなっているということがある。

ハードディスクを共有している複数のアプリケーションが、OSの管理なしに直接立ち上げられるイメージ。
そうすると、1つのアプリケーションの使うデータばかりがハードディスクを圧迫して、全体の使い勝手が悪くなってくる。
鎧が外側に増えて、いつの間にか重心が狂っていく。

「いま自分は何者になっているか?」という問いの立て方が必要なのかもしれない。
思い浮かぶ個々のアイデアに対して、「これは何か?」と問いを立てるだけではなく。

6. ほんとうの意味では多元文化的な状態が好きじゃない。正義が好き


プロジェクトのトラブルシュート状態が好き。
問題の収拾に必要な要素を、漏れなくかぶりなく分解。その達成に必要な労力を計算してみんなに協力を求める。そんな行動は得意。

それは、タスク分解(WBS)が得意だというだけじゃなくて、自分の願いから出る依頼が、まず他人に断られないことを予期できるから、というのもある。

fmjでは “俺の感情を直接変えようなんてことをするのはゆるさん! 『してほしくないこと』があるのなら、ルールに明記するなり、罰を掲げるなり、すりゃあいいんだ!” ということを私は書いていますけど、多元的であることそのものはあまり好きではないのかもしれないですね。
介入する / 介入されることが、より嫌いだというだけで。

まとめ

さて、これら6つの特徴を一言でまとめるなら……。「夢中になると周りが見えない」「自分で夢中状態を解除できない」あれ、二言だった(汗)

とりあえず、今後はこれらの特徴をうまくいなして生きられるように、「冷静になる、暴走しすぎない」ことや「我に返る、自分に戻る」ための方法を模索していくことにしようかな。

それにしても、考え出したら、やけに頭のノリがよかった。こまごまとした気付きは、上の6つ以外にもあれこれあったけど、割愛。
やっぱり私は何歳になっても、自己分析、自分探し的なことが好きなのかもしれない。
(参考:『iki0094|「ストレングス・リーダーシップ」を読んだよ。 (ストレングス・ファインダー・テストのコード付きだしね)』,『iki0070|自分史作りを始めてみる。ブログをブレさせないため、そして、テーマを絞り込むため。』)
 

 
今日もありがとう。

 
ではまた、どこかで。
 


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