勇気ってものを考える。脳的に、そういう機能はあるのか、と。
勇気には、憧れる。
恐怖は、生存回路として人間に組み込まれた機能だ。
人生は恐怖に包まれている。
だから、私は勇敢であることに、憧れる。
臆病者のスネ夫に対してジャイアンやのび太が勇気をしめす時、そこには何があるのだろうか?
何か対概念として、その恐怖を塗りつぶすようなものは本当にあるのだろうか。あるとしたら、その成分はいったいなんだろう。
少し、考えてみた。
2015年3月11日
by ikki
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勇気には、憧れる。
恐怖は、生存回路として人間に組み込まれた機能だ。
人生は恐怖に包まれている。
だから、私は勇敢であることに、憧れる。
臆病者のスネ夫に対してジャイアンやのび太が勇気をしめす時、そこには何があるのだろうか?
何か対概念として、その恐怖を塗りつぶすようなものは本当にあるのだろうか。あるとしたら、その成分はいったいなんだろう。
少し、考えてみた。
2015年3月10日
by ikki
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文章を美しく結晶化させることではなく、“
”になる水面を沸かすことに、ただ毎日、専心する。
おはようございます。
いっき(@ikkiTime)です。
少し前まで、ブログの『毎日更新』にチャレンジしていました。
iki0166で書いたような悩みがあり、
ブログを書くと、ついその記事の反応が気になってしまう。情緒不安定になったり、何度もSNSをリロードしてみたり。
「あの文章、悪い意味に取られてないかな」
「ちゃんと名作になったかな」
そんなことばかり頭の中をぐるぐると回って、落ち着かない気持ちになる。
もっと気楽にアウトプットに親しめるようになりたい、というのが目標でした。
落ち着いた気持ちで更新したかったこともあり、朝イチにブログをアップした日が何日かありました。
『アップした』と言っても、記事の大半は前日までに固めているので、本当に、最終チェックと、送信ボタンを押すだけです。
それでも、朝から文章を真面目に読むことで、脳に『文章モード』が、刷り込まれます。
するとその日一日、「書く」ということを脳が自然と意識してくれるのか、アウトプットモードに入るのがそれまでよりもラクになりました。時間ができると、まずアウトライナーなりテキストエディターを見る感じになってました。
インプット時間やインプット欲は、相対的に減ってくれます。
2015年3月8日
by ikki
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少し前までチャレンジしていた“毎日更新”中の『0176〈会社員〉』や『0180〈掃除心〉』、また、その後のいくつかのネタは、これまでのイキブロだったらまず書かなかったし、これからだってそんなには書かないネタだ。
政治的なものや、科学的な価値観に抵触すること、「家事をしたがらない者の甘え」と取られかねない弱音なんかは、炎上だって怖い。
それを重くとらえて、お蔵入りさせてもいいところだったけど、今回はあえて書いてみた。
そこにはいくつか中長期的な目当てがあった。
そういったことに加えて、これからもブログを長く、たくさん更新しようと思ったら、ここで「自分のブログに『どんなことでも受け止めてくれる』という信頼感を持ちたかった」こと。
そんなことが、今回は背中を押していた。
もちろん、本当には「人の役に立ちそうな情報」ばかりを書く方がラクだし楽しい。喜んでもらえる場面を期待できるし、イメージもしやすいから。
2015年3月6日
by ikki
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録画しておいた、風立ちぬ、を見終わった。なんだよ、全然いいじゃないか。
いい作品だった。
「今の自分が観るなら」という前提でいけば、ジブリ中で1位かもしれないし、ラピュタを「殿堂入り」に追い出せば、歴代衝撃を受けたジブリでも第1位でいけるかもしれない。
地上波の録画で見て、つまりもう録画があるわけだけど、これならお金を払ってもよかったな。
毎回、毀誉褒貶すごく出るから、つい「新作に駆けつける」というのには二の足を踏んでしまうわけだけども。
私はいいと思った。
いや、立花さんと1・2を争う“棒”であることは確かなんだよ。「もうちょっと、なんとかならんかったのか」ってセリフや場面はいくつもある。でも、それでしか与えられない安心感みたいなものがある。
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2015年3月5日
by ikki
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仕事でミスをした的なできごと。
もう少し言うなら、今まで時間に追われて「よくないな」と、うすうす思いながら、後回しに放置していたような案件があって。
それを指摘されてしまった、という感じ。
それだけでガックリと人生全体に対する気力がなくなる。いや、本当に誇張じゃなく、もう「こんなこと続けて自分が生きていくの、嫌になっちゃった」と働いてお金を稼ぐことにすら倦怠感を感じるくらいに、へこむ。
頭を切り替えよう。
できることをやるだけだ。
過去のことは仕方ないし、
これからどうするのが正しいかについては、もう決めた。
成長につながる失敗でもあった。
(見識は増え、経験値は積んだ、そんな風にも言える。)
これで無能と決まったわけでもないし、優秀でなければ、
この先、生きていけないわけでもない。
ああそうだ、「私を完璧と見ている人をがっかり」させたくないんだな。
「ガッカリさせたくない遺伝子」だ。
(《プレスリリース | ヒトの協力行動における前頭前野の機能を解明 | NICT-独立行政法人 情報通信研究機構》)
書いてみて思ったのは、当然といえば当然だけれど、「ネタ帳にある、ほかの客観的なネタよりは、このネタの方がその日の筆の進みはいい」ということだった。
というか、このネタでなければ、テキストエディタを開けなかった。
そういう意味で、癒し効果そのものは「誰かに人生相談」に劣るのだとしても、「エントリにする」というのも回復手段としては、確実に意味があったと言える。
なるほど。
なるべく意識をそらす。書き出す。気持ちを認めて、客観化する。一時的に気分転換して、緊張をゆるめる。得意なことに夢中になる。
そんなところか。
2015年3月5日
by ikki
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「終わった」と言っていいのか、わからないけど。
もっとセンセーショナルなニュースはどんどん出てきて、人の話題には上らなくなってきた。
私にとっては、あの事件の後半の収拾過程は独特の印象を持っていた。
私としては、「うまい幕引きだったな」と思う。
が、それだとしても、あの事件進展中の、緊張感・重苦しさはかなりのものだった。
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2015年2月27日
by ikki
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反論するのが大変な言説というのがあります。
「手作りには愛情が」みたいなやつです。
私の場合、「片付いているにこしたことはない、清潔であるにこしたことはない」という他人の価値観は重たい。
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2015年2月26日
by ikki
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前に『iki0169|私の4行日記は、褒め×3と明日への願い | イキブロ』で、明日の自分に祈りをささげる、ということを書いた。
これは、明日の自分に期待をするということ。
これを思いついたきっかけはこの記事を読んだときだった。
『未来の自分に期待する、過去の自分を裏切らない | シゴタノ!』
自分に小さな約束をして、それを果たす。
これ自体は言い古されていることだと思う。
ただ、すでに目いっぱいやることが詰まっている中で、それを上回る意志力を持つというのはなかなか難しい物がある。
ぶっちゃけるなら、かえって疲れる。
だから、人生で何度かのある時期に、「新年の抱負とか来年の目標とか、くそくらえだぜ」ってなってもそれでもいいと思う。
でも、ぼちぼちそういうことをやってもいいかと、今回の落ち込みの時期の終わり(だといいなー)に思ったのだ。
目標を持つのをやめるなら、それをやめる時期に気付けると、もっといい。
『iki0160|最近、ようやくまた、子育てが楽しいと思えてきた。 | イキブロ』
これを書いたのが、2014年11月18日で、3ヶ月と8日くらい前だった。結構前だな。
そこから、体調の沈む冬のピークを乗り切って、ようやく、ということなのかもしれない。
2015年2月25日
by ikki
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『ヒーローの動機付け | R-style』という記事があります。少し前の記事ですが、すごくおもしろい記事です。
『真ん中の歩き方: R-style selection』にも収録されていました。
16種類(14+2)のヒーローの動機と、3つの評価軸、2問の問が出てきます。
それを、自分なりに順位付けしようとする中で、自分の価値観や考え方が見えてくる。
ここで重要なのは、どのヒーローだって地球を守ったことには違いがないということです。だから、「結果が同じなら、なんだっていいじゃん」といって課題自体を見なかったことにすることもできる。
でも、私にはうっすらとだけど「等価じゃないよね?」というザワザワみたいなものが胸に生じる。だから、書いてみたくなる。
今回のエントリでは、この問1についてだけ、書いてみたいと思っている。(網羅的に書いて冗長にしない自信がないので)
さて、問1だ。
そのヒーローの力が突然変異で生まれたのではなく、「人類の叡智を結集して作り上げ、メンテナンスしている巨大ロボットの操縦」を通して振るわれている場合などには、この命題は顕著になる。
(おそらくは税金も結集している)
彼が、次の時「めんどくさい」といって戦ってくれない可能性はないのか。
いやいやもっと、彼がその力を自分だけの欲望のために使ってしまうことはないのか。
その観点からすると、「6.」の《自分で地球を支配するのに邪魔だったから』などは最悪である。
本命「1.」の対抗になりそうなのは「2.」《怪獣を倒すのが好きで》くらいか。
ちょっと『怪獣だけど実はいい奴』まで倒してしまいそうで恐いけど、こういうタイプの方が、怪獣を倒す技術を磨くのに余念がなくて頼りになるかもしれない。
意外と、「1.」は賞賛と脚光が欠かせなかったりしそうで、実はメンドクサイ奴かもしれないしね。
そうすると、やはり同型の葛藤を持つヒーローに強く心魅かれることになる。
この観点での第1位は「3.」《怪獣が好きで好きでしょうがなけど、》だ。
やっぱりこういうのに感動する。
ただ、「4.」《給料をもらうために》や、「9.」《モテると思って》も、私小説的な味わいがあって、なかなかのものだ。
だって、彼を応援する私自身がそれくらいの小人物なのだから。
そうそう、「気が弱くて、クラスでもいじめられっ子だけど、勇気を振り絞って怪獣を倒して地球を守った」みたいなのもいいですね。
もし私がヒーロー全員を管轄する部署の長官だったら、彼らをもブラックやイエロー(女性戦士ではなくカレーの方のイエロー)、さらには6人目の追加戦士あたりに配してユニットを作りたい。
その方が、幅広い共感を得られて税金が取りやすくなる、って何を言っているのだ私は。
あと、《お金が好きで好きで、特別ボーナス貰って怪獣を倒した》みたいな人を1人、予備役としてつないでおくと、他の気まぐれさん達が頼りにならなかった時の、最後のしのぎになるのにな、と思ったり。
私達がヒーローに求めるものって、私達が他人に求めることの「よりピュアな形」ということなのかもしれませんね。
2015年2月24日
by ikki
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人の存在としての力は、意思と行動と回復の3つとなって現れる。
意思がほんの少しだけ行動を上回っていると、「熱い男」って感じでかっこいい。
行動が回復を上回っていると、特に年齢を重ねた人は、徐々に体を壊す流れになる。
行動がすでに目いっぱいまで、(必要に迫られて)引き出されている人は、だから意思の力を「回復」に全振りでいい。
というわけで、行動量よりもはみ出す意志の力、すなわち野心とか情熱みたいなものは見えにくくなる。
若いうちは、[情熱が高い≒エネルギーの総量が多い]みたいに見えて(ヒューリスティックには正しかっただろう)、格好よかったけど、これからの格好よさはそうでなくでもいいだろうと思う。