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いっきの「生き方」探求ブログ。ライフハックメモ、カイゼン日記。そして初心なんかの恥ずかしいメッセージ。さあ、人生を再発見しよう。

iki0188|漢字は閉じる

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――「漢字ははなるべく、“とじる” ようにする」――

ということを、ブログなどの文を書く時に、自覚的に選択している人ってどれくらいいるんだろうか。

逆の人は結構いると思う。なるべく「ひらく」ことを考えるひと、なら。
私は、「分かる」も「時」も「人」も「子供」も「作る」もできるだけ閉じておきたい。場合によっては、「事」や「良い」だって閉じたい。そういう志向性を持っている。

もちろん、これをやってると、“「薔薇」とか「夜露死苦」という漢字を覚えた中学生” みたいになって、あまり美しくない文章になってしまう可能性は、確かにあるのだ。

でも、漢字をなるべく使うようにした方が、読み手が2つの問題を回避しやすくなる、と思って使ってしまう。
2つの問題。
「ここではきものをぬいでください問題」と「このはしわたるべからず問題」だ。


「ここではきものをぬいでください」問題


「ここではきものをぬいでください」問題、またの名を「どこ切る兄弟 問題」。

「ここでは」なのか、「はきもの」なのか。この“は”はどっちの“は”なのか。ひらがなだけが2文節以上続くと、どうしても読み取りにくくなる。気がする。

だから、「逆の人は結構いると思う」という文があったとして、“結構”って、かなり堅い印象になってしまうのだけど、
「逆の人はけっこういると思う」
とするのは、私には勇気がいる。

「このはしわたるべからず」問題


一休さんの「このはしわたるべからず」問題。
同音異義語。

これが決定的な問題になることはすくないのだけど、これはこれで別の難しさがある。文脈で分かればいいけど、文脈が十分に使えない時だと打つ手がなくなる。

どこ切る問題は、読点の打ち方や、分かち書きである程度は対応可能なのだけど。

漢字ばかりで困ることもある


逆に、ひらがなを積極的に使いたくなるシーンもある。例えば、文頭。
文頭には、副詞的な役割の漢字が並びやすい。
「俺今日朝最初学校行くつもりだったんだよ」
とかの助詞省略は、口語なら普通に起きる。
だから、最初のアイデアがこの形で思い浮かぶことも、けっこうあるんじゃないかと思う。思うけども。

でもこれは、「おれ今日、最初は朝、学校に行くつもりだったんだよ」とかに直すよな。
“最初は朝” を “あさ最初は” にすることも、全然なしじゃないし、 “朝はじめは、”にすることもあるかもしれない。

そういう意味では、
「述語でこそ漢字を閉じる」傾向もでてくるのかも。
なので、つい「片付ける」も閉じたくなる。けど、これくらいだと、2つの問題のどちらも発生しないかな。
時々は再考しよう。

おまけ:ひらこうが閉じようが


2人で話していて、相手がズルを告白してくれた時に、リアクションとして
「きたなっ!」
と叫びたい時、ありますよね。あれを字に起こそうとすると、漢字だと
「汚っ!」
になってしまって、“おっ!”に読めてしまう、というか音を相手の脳に呼び起こす機能が弱くなりすぎるし、
「きたなっ!」
とひらくと、誰かやネタが「来たなっ?!!」と言っているのと区別が付かない。

まあ、万能の方法なんてない、ということなのですけどね。あったらとっくに決着が付いてるだろうし。


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